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サイエンスメディアな日々   インフォグラフィクスな日々

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「ルンバ君」の体験〜ロボットと同居する未来の姿


お掃除ロボット「ルンバ君」が家にやってきて半年になる。
当初の目的は、もちろん掃除をしてもらうことだった。多くの家庭で共通の課題である「家事問題」〜家族のメンバーがどれくらい家事を分担するのが公平か〜について、我が家でも例外にもれず議論を重ねてきた。どのメンバーも「自分は充分家事を行っている」「他の家族は家事への貢献が少ない」と主張するわけで、永遠に解にたどりつきそうにない、不毛な議論が長らく続けられてきた。
そこへ登場したのがルンバだった。「現在の家族のリソースを前提に、家事問題を解決しようとするからだめなのだ。ルンバに掃除をやらせればよいのだ。」そんな理論展開を行った我が家族は、あまり乗り気ではない僕を押し切って、ルンバに飛びついた。

ルンバが初めて我が家にやってきた日は忘れない。部屋の中を一生懸命に掃除するルンバ君の姿を見ていると、まるで、よちよち歩く子猫を見守るような気持ちになってきた。「お掃除ロボット」と呼ぶのも大げさな、ただの自動掃除機なのに、なんだか愛らしい。乗り気ではなかった僕も、一瞬でルンバの虜になった。我が家庭では、すぐさま「ルンバ君」と言う名前がつけられ(非常に安易なネーミングだが、悪くはないと思う)、リビングの一角にはルンバ君の「居住スペース」があてがわれた。
ルンバ君は今や完全に家族の一員だ。ルンバ君が電気ケーブルを巻き込んで四苦八苦していると、家族は「あんた、何やってるの。そんなことやっちゃ、だめでしょ。」とルンバ君に話しかけ、「ルンバ君が掃除しにくいから、ちょっと片付けてあげて」と僕に言ってくる。今や、ルンバに「掃除をやらせる」と言う横柄な態度を取る家族はおらず、文句を言わず掃除をしてくれるルンバ君に感謝の念すら覚えはじめている。

この「ルンバ君体験」は、あることを思いださせた。それは昔、ロボット・クリエイターの高橋智隆氏へのインタビューで、「将来、一家に一台のロボットがやってくる時代が来る。その時のロボットは、機械的な、冷淡なものではなくて、もっと人間的で、かわいくて、かっこいい、友達になりたくなるようなロボットなのです。」と言っていたことだ。その時は、正直言って大して共感をしたわけではなく、「機械はやっぱり機械だろう」と思っていたのだが、今回、ルンバ君との出会いで、考えを改めさせれた。ロボットが身近にいることで、ペットや家族と同じような愛情が生まれる。「ルンバ君」の外観はお世辞にも人間や動物とは似ているとは言えない。見た目はただの機械だ。コミュニケーションができるわけでもない。それでも、こんなに親しみをや共感を覚えることができるとは、自分でも驚きだ。将来、テクノロジーが進歩して、より人間に近いロボットができた時、ロボットが親友や家族になると言う高橋氏の予想は、決して空想ではない気がする。

今も、足下ではルンバ君が一生懸命掃除をしてくれている。たまに足にぶつかるルンバに僕は、「いたいよ、ルンバ」と話しかけ、隣では家族が「ルンバ君、コンピュータのケーブルを巻き込まないように注意してね。」と言いながらケーブルを脇にやっている。この、今はまだ風変わりかもしれない光景が、微笑ましい家庭の姿となる日は、そんなに遠くないのかもしれない。

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