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サイエンスメディアな日々   インフォグラフィクスな日々

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人は混乱するほど物を買う〜IKEAと「グルーエン転移」


会社の近くにIKEA(イケア)が開店したのは3年半ほど前。オープン時は、ワクワクしながら長い行列に並んだ。
初めてIKEAの店内に入ったときの混乱は、今でも忘れない。巨大な倉庫のような店舗の中は、迷路のように複雑だ。多数の壁で仕切られた通路はくねくねと曲がり、場所や方向を示すサインはほとんどない。窓や観葉植物など、目印になる物もない。もちろんインフォメーション・デスクもない。今、自分はどこにいるのかもわからない。店を出たくても、入口に戻ることも出口に行き着くこともできない。店内に入った自分にできることは、ただ他の客の流れを追って、フロアを漂うことだけ。「家具のデザインは魅力的だが、店内レイアウトのデザインはひどい。」と言うのが第一印象だった。僕と同じような印象を持った人は、少なくないと思う。

しかし、この一見「ひどい」レイアウト、実は、非常に巧妙かつ意図的に仕掛けられものだったのだ。

ロンドン大学で計量建築学を研究する、アラン・ペン教授は、IKEA店内の顧客の動きをシミュレーションで解析した。その結果、意図的に顧客を混乱させるレイアウトによって、顧客の「長い行列」ができることがわかったと言う。(YouTubeにアップされた講義の映像の27:50あたりに、シミュレーションの可視化映像がある。)
ペン教授曰く、「店内の難解さは顧客の自律性を失わせ、服従させる。じらされた後には満足がやってくる。」つまり、店内で混乱した顧客は、砂漠で道に迷った旅人。苦労の末、眼前に現れた商品は、砂漠の中で見つけたオアシス。思わず手が出てしまう、と言うわけだ。
IKEAで購買した商品の60%は、当初のショッピング・リストになかったもの、すなわち、衝動買いしたもの」と言うデータが、この仮説を裏付けている。

もっとも、この効果自体はIKEAの発見ではなく、「グルーエン転移("Gruen Transfer")(注)」として、以前から知られていた。オーストリアの建築家、グルーエンは、店内レイアウトが混乱するものであるほど、顧客は当初の購買目的を忘れて衝動買いに走る、と言うことを発見している。IKEAはこの「グルーエン転移」を利用して、世界でダントツのファーニチャー・チェーンを築きあげたのだ。(余談だが、オーストラリアのABC1では、広告の背後にある科学と心理学をテーマにした"The Gruen Transfer"と言う番組が放送されているそうだ。)

僕を含め、多くの人は「わかりやすいほど、受け入れられる」と考える。しかし、実際の人間は、「わかりにくいほど、惹きつけられる」のだ。人間とはなんと不思議な生き物なのだろう。

そう言えば、「嫌われるほど、思いが募る」と言う、甘酸っぱい経験も昔、あったような気がする。

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(注)「グルーエン転移」と言う日本語は、僕が勝手に訳したものなので正確ではないかもしれない。

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