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サイエンスメディアな日々   インフォグラフィクスな日々

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自動翻訳は文学を扱えるか?:Google Translateの実験

http://translate.google.co.jp/

CDZAのクリップのアイデアを参考にして、Google翻訳を使って実験してみた。日本の文学作品の冒頭をGoogle翻訳で英語に翻訳して、その英文を再度Google翻訳で日本語に変換するとどうなるか?と言う実験だ。

まず、太宰治の「斜陽」。

【原文】朝、食堂でスウプを一さじ、すっと吸ってお母さまが、「あ」と幽(カス)かな叫び声をおあげになった。「髪の毛?」スウプに何か、イヤなものでも入っていたのかしら、と思った。

Google英訳版】Morning, I got a faint scream spoonful, "and" Oh, your mother is a straight suck Soup, One in the cafeteria. I thought it was something, and, wonder no one had even those nasty in Soup, One? "Hair".

Google英訳→和訳版】朝、私はかすかな悲鳴さじを持って"と"ああ、あなたのお母さんはストレート吸うスープ、カフェテリア内の1つです。私はそれが何であった、そして、誰一人、スープでさえそれらの厄介がなかったのだろうと思った? "髪の毛"。

。。。”かすかな悲鳴さじを持って”、”ストレート吸うスープ”、などかなり斬新な表現が入り込んでいる。単語むき出しの”髪の毛”を文章の最後に持ってきた英断は、太宰よりインパクトがある。


三島由紀夫仮面の告白」はこうなった。

【原文】永いあいだ、私は自分が生まれたときの光景を見たことがあると言い張っていた。それを言い出すたびに大人たちは笑い、しまいには自分がからかわれているのかと思って、この蒼ざめた子供らしくない子供の顔を、かるい憎しみの色さした目つきで眺めた。

Google英訳版】I had insisted during long, and I have seen the sight when I was born. I looked with eyes that I think adults laugh every time you think of it, at length myself and what has been made fun of, and pointed colors of hate light, the face of the child is not like a child Pale this.

Google英訳→和訳版】私は長い間、主張していた、と私が生まれたとき、私はその光景を見てきました。私は大人が長さで自分自身と何がからかわれ、憎悪の光の色を指摘されており、あなたがそれについて考えるたびに笑うと思う目で見て、子供の顔は、この淡い子供のようではありません。

ところどころ入ってくる関連性不明の語句が、文章全体を抽象の高みに押し上げている。文章は解体され、最低限の関係性が首の皮一枚でつながっている状況は芸術といえよう。(←この解説もやや意味不明になってきた。)


もうひとつやってみた。井伏鱒二の「山椒魚」だ。

【原文】山椒魚は悲しんだ。彼は彼の棲家である岩屋から外へ出てみようとしたのであるが、頭が出口につかへて外へ出ることができなかつたのである。

Google英訳版】Salamander was sad. Although he did come out and let out of the cave is home to his, were never to be able to go out through the head with the outlet.

Google英訳→和訳版】サラマンダーは悲しかった。彼が出てくるし、洞窟から外に出すことはなかったものの、彼に家である出口を備えた頭部を通って行くことができないようになったことが。

昭和4年の小説を、いきなり「サラマンダー」と外来語で始める裏切り方が素晴らしい。「出口を備えた頭部」とはいったい何なのか?新生物の誕生を予感させる。

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近い将来、世の中のほとんどの情報が自動翻訳され、言語の壁を感じなく来る日が来るだろう。まだ道のりは長いかもしれないが、小説やフィクションが扱える日も、いつかやって来るだろう。
(→In the near future, most of the information in the world is automatic translation, after day do not feel the language barrier will come. Might be still a long way to go, even fiction novels and can handle the day would come someday.
→近い将来、世界の情報のほとんどは自動翻訳され、一日の後に言葉の壁が来る気がしない。それでも、たとえフィクション小説を行くと日がいつか来るだろう扱うことができます長い道のりかもしれません。)

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