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サイエンスメディアな日々   インフォグラフィクスな日々

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人は、自分で思うほど美しくない?:"Dove Real Beauty Sketch"への反論

この映像は、1ヶ月で5000万回以上のアクセスを集めた。
自分の容姿を語る女性たち、それを聴きながら肖像画を書く男性画家。最初はよくあるスケッチの風景に見えるが、少し違う。女性と画家とはカーテンで仕切られ、画家にはいっさい女性が見えていない。画家は、女性が語る言葉だけをもとに、容姿を想像し肖像画を書いているのだ。


次に、女性たちと会話した他人が登場し、その女性の容姿を思い出しながら語り、それをまた画家が絵にしていく。

ひとつは自身の言葉から、もうひとつは他人の言葉から、同じ女性の顔を描いた2つの絵が並べられる。その2枚を前にした女性たちは気がつく。自分の言葉から描かれた顔より、他人の言葉による顔の方が、はるかに美しく、魅力的だ、と言うことを。
映像を締めくくるのは、「あなたが思うより、あなたはもっと美しい(You are more beautiful than you think)」と言うメッセージ…。


石鹸メーカーDove社のバイラルCMと知っても、なかなか心を揺さぶる内容だ。私は、自分が思うより、もっと美しいのだ!諦めかけていた自信をよみがえらせてくれる、優しい映像だ。


しかし、残念ながらこの動画は間違っている、と非情なクレームをつけたのが、サイエンティフィック・アメリカンの「あなたは自分で思うより美しくない」と言う記事だ。記事は、過去の数々の研究から、人間は自分を過大評価することは明らかだ、と身も蓋もない。

その根拠には、例えば、シカゴ大学のニコラス・エプリーらの実験がある。エプリーらは、被験者の写真を撮り、画像処理ソフトを使って少し美形にしたバージョンと少し醜くしたバージョンをあわせて計3枚の顔写真を作った。これらを被験者に見せ、修正していない写真はどれかと尋ねたところ、多数が美形バージョンを選んだという。一方、同じ修正を他人の顔に施した場合は、正しく無修正の写真を選んだ。

この「自分には甘く、他人には厳しい(あるいは公平)」と言う性質は、「自己高揚欲求(Self-Enhancement)」と呼ばれるものだそうだ。容姿だけではなく、自分の行いや能力への評価にもあてはまると言う。例えば、同じ額の寄付でも、自分と他人では評価が異なる、と言った具合だ。他にも、アメリカ人の93%は自分は平均以上の運転スキルを持っていると思っている、大学教授の94%は自分は平均以上の仕事をしていると思っている、等、自己高揚欲求の事例には事欠かない。

人間が自己高揚欲求を持つのには、理由がある。環境へ適応するためには、自分が実際以上に優れていると周囲を欺いたほうが有利だ。しかし、「偽りの自分」と「本当の自分」が自己の中に共存する状態は心理的負担が大きい。また、人は嘘をついていることを感じると、強い否定感情を持つ。そこで、人間は無意識に「偽りの自分」を「本当の自分」に変換し、自己矛盾を解決している。これが自己高揚欲求の正体だという。

自分を褒めすぎると言うのは、褒められたことではないかもしれないが、生き残るために自分を美化しているのだと知れば、寛容にもなる。
美とは、なんとも切なく、はかないものなのだろう。

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