急激に進化する人工知能の中で、おそらく現在もっとも有名で、もっとも優秀な人工知能は、IBMが開発するWatson(ワトソン)だろう。Watsonはクイズ番組「Jeopardy!」に出場し、人間のチャンピオンをおさえて優勝した。その後もWatsonは進化を続けている。Watsonが人間を凌駕するのは、膨大な知識だけではない。Watsonは、今まで人間にしかできないと考えられていた分析や推論といった、より高度な知的作業まで踏み込もうとしている。
Watsonの機能として開発中の'Debater’は、与えられた目的に応じて、さまざまな情報を組み合わせ、必要な情報を抽出したメタ情報を作り出すものだ。これは内容を理解し、意見を作り出す、まさに「推論」と言える。'Debater'がどんなものかは、下のビデオで知ることができる。ビデオの45分25秒あたりから'Debater'のデモがある。「未成年への暴力的なテレビゲームの販売は禁止すべきか?」という問われたWatsonは、Wikipedia上の400万件の情報を調べ、その中からもっとも関連する10の記事、3000の文章を抽出、そこから与えられた問への、賛成、反対それぞれの根拠をまとめ、報告する。その作業に要するのは、数十秒程度だ。
Watsonは人間の意思決定のプロセスを変えるだろう。たとえば、何かを決定する場合、調査と分析はすべてWatsonにやらせて、人間は、Watsonがまとめてくれた選択肢から「もっともよさそうなもの」を選ぶだけでよくなる。人間にやらせるよりずっと速くて、正確だ(現実の会社では、調査や分析はまだ経験が少ない若手がやることが多いだろうから、なおさらだ)
Wikipediaという人間が作ったデータベースを使って、人工知能が推論を組み立てる。Watsonの開発者、ジョン・ケリー氏はこれを「人と機械の共同推論」と呼んでいる。'Debater'を搭載したWatsonは、現在病院で患者の診断に使う試験を行っているという。さらに将来には、最良の選択肢さえ、Watson自身が選ぶようになるだろう。そうなると人間は何もすることがなくなる。ただ、Watsonが決めたことに従えばいい。
人工知能の進化は、人間社会を幸福にするかーーーーーーー。そんな問をWatsonに投げかけたら、どのように答えてくれるのだろうか?
※ビデオの45:25-49:00の和訳
(John Kelly)…3つ目の能力を紹介したいと思います。これは研究室の外では初めて話すものです。これはワトソンがどこへ行こうとしているのか、そのヒントを与えてくれると思います。
問題は、コンピュータが、複雑な問にシンプルな解答を出すだけでなく、また、大量の遺伝子データを処理してよりよいがんの治療法を教えてくれるだけでなく、生の情報を理解し、コンテクストを理解し、推論を行えるだろうか、ということです。そのプロトタイプのひとつが、「ディベーター(Debater)」と呼ばれるものです。自由意志をもち、ウィキペディアのような膨大な情報を理解し、人が介することなく、任意のテーマについて賛否それぞれの論旨を構築するというものです。そのデモをご覧に入れましょう。
(Watson)こんにちは。IBMのディベート・テクノロジーのデモにようこそいらっしゃいました。今回は、関連する主張をまとめるデモをお見せします。 テーマを選んでください。もっとも確からしい賛否の意見をお知らせします。
(J.K.)どんなテーマでもよいのですが、最初のを選んでみましょう。(「未成年への暴力的なテレビゲームの販売は禁止すべきか」)。Watsonはこのテーマに関するあらゆる文献を探しだし、暴力的なテレビゲームについての賛成意見、反対意見を理解します。
(Watson)<処理過程を報告>ウィキペディアの約400万件の記事を調査しました。…10件のもっとも関連が深い記事を抽出しました。…その10件から3000の文章を調べ、候補となる主張を抜き出しました。…そして賛否を評価しました。…もっとも確からしい論旨を構築しました。…報告の準備が整いました。
あなたが選んた議題は「未成年への暴力的なテレビゲームの販売は禁止すべきか」ですね。
この議題への賛成の論旨は次の通りです。
暴力的なテレビゲームに触れることは、生理学的な攻撃です。思考や感情が過激になり、社会的な行動を低下させます。また暴力的なテレビゲームは子どもの攻撃性を高める可能性があります。
一方、反対の論旨は次の通りです。
暴力的なテレビゲームが子どもの攻撃性と深く関連するとは言えません。暴力的なテレビゲームで遊ぶこどものほとんどは問題を起こしていません。テレビゲームは日常の社会環境の一部です。
他の議題を議論しますか?(会場笑い)
(J.K.)最後のチャートを見ていただければわかるように、人間とまったく同じように、システムはすべての情報を調べ、賛否の推論を自分自身で構築しています。この意味を考えてみてください。もはや「人間対機械」のゲームではなく、「人間と機械が共同で推論する」ということなのです。
ニューヨーク市メモリアル・スローン・ケタリング病院のがん専門医グループでは、机の上に置かれたワトソンが、あらゆる医療情報をリアルタイムで、自然な言語で対話形式で届けてくれ、意思決定プロセスの議論に使われています。私はこれが、コンピューティングの未来だと思います。ありがとうございました。