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サイエンスメディアな日々   インフォグラフィクスな日々

サイエンスのこと・テクノロジーのこと・ビジュアリゼーションのこと

MR(混合現実)の可能性:「バーチャルドローンを飛ばそう!」by XOOMS Lab.

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今年は「VR(Virtual Reality)元年」と言われる。先日Oculus Riftの商用版が発売され、秋にはSony PS4 VRも発売予定だ。「スマート・グラス」系のウェアラブル機器は、すでに数多く市場に出まわっている。これらのVRデバイスが、ユーザーにあたらしい体験を与えてくれると期待されている。

そんな中、自身でも「VRコンテンツを作ってみたい」という思いが次第に強くなった。VRは頭で考えるものではなく、体験するものであるし、この技術が普及する鍵は、VRの特長を引き出すコンテンツにある、と思ってきたからだ。そこで、本来の業務の傍ら、MR(Mixed Reality:混合現実)コンテンツを自主開発してきた。それが、この「バーチャル・ドローンを飛ばそう!」だ。



[バーチャルドローンの表示画面(キャプチャ動画)]


「バーチャル・ドローンを飛ばそう!」のシステムは、VRゴーグル(Oculus Rift)に取り付けられた立体カメラ(Ovrvision)と、PCからなる。(加えて、モニタ用の液晶ディスプレイがあれば、周りの人々もVRゴーグルに写っている映像を共有できる)。立体カメラで撮影した周囲の映像はVRゴーグルに表示され、その上に、仮想ドローンのCG映像がリアルタイムで合成される、というしくみだ。

実風景に合成された「バーチャル・ドローン」は、けっこうリアルで、あたかもホンモノのドローンを目の前で飛ばしているかのように感じてくる。ドローンは、ゲームパッドを使って操作するのだが、スティックのアサインはプロポと同じ(「モード2」)にしているので、ドローンの練習用にも使うことができる。(…と、かなりの自画自賛は許して欲しい!)。

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幸運にも、3月末から4月初めに、グランフロント大阪で開催された「うめきたフェスティバル・未来ラボ」で、この「バーチャル・ドローンを飛ばそう!」を展示する機会をいただいた。

3日半の展示だったが、春休みということもあり、けっこうたくさんの来場者があった。未来ラボの会場が、ナレッジキャピタルの巨大な吹き抜けスペースだったため、バーチャル・ドローンをかなり高くまで上げることができ、なかなか「飛ばし甲斐」がある展示ができた。そもそも、こんな商業施設で実物のドローンを飛ばすことは、(さまざまな規制のために)まずできないだろう。さらに、ドローンと敵ドロイドの「空中戦」は、現実世界では絶対に不可能なバーチャルならではの体験だ。

展示では、子どもから高齢者までさまざまな来場者にこのMRコンテンツを体験してもらったが、とりわけ、日頃ゲームに慣れ親しんだ学生さんや若い人に「面白かった」と言ってもらえたのは、とても嬉しかった。

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バーチャル世界に没入できるVRコンテンツにも魅力はあるが、今回のようなMR=実際の風景に仮想物を合成したコンテンツは、より実用的な応用がしやすいと思う。また、ユーザーにはまわりの風景が見えていることで、安心感があり、「VR酔い」も少ないということも、実際に展示してみてわかった(展示の前は少々心配で、必ず「気分が悪くなったら、いつでもやめてくださいね」と伝えていたが、結果的に気分が悪いと言ってきた人は一人もいなかった)。


今回の展示を通じて、MR(混合現実)技術は、けっして「仮想(バーチャル)」ではなく、「現実(リアル)」な未来であることを自身が体感できた。

気象衛星ひまわり8号から見える地球

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月並みな言葉だが、地球はなんて美しいのだろう。この映像を眺めていると、この星に生まれた偶然に、感謝したくなる。

"The Glittering Blue"と名付けられた実験サイトは、気象衛星ひまわり8号が撮影された、2015年8月のある一日の地球の画像を12秒に圧縮したものだ。ひまわり8号は、東経140.7度の赤道上空にある静止衛星だ。

おそらく、地球全体をひとつの画面で見ることができる人は少ないだろう。それほど大きな画像(映像)だ。ブラウザの縦・横、それぞれのスクロールで(あるいは、縮小表示で)様々な場所を眺めてみると、まず、雲の繊細でダイナミックな動きに目を奪われる。

中央付近にある台風は周りの雲を巻き込みながら、ゆっくり西へと進んでいく。日本海の北側にある雲は、南西から北東へむかって長く連なっている。偏西風で流されているのだろう。南極からは、渦をまいた雲が、オーストラリア大陸にむかって染み出すように広がっていく。


宇宙空間を体験した宇宙飛行士の多くは、文字通り「天命」を受けるような体験をするという。僕たちには同じ体験はできないが、"The Glittering Blue"の地球をみながら、彼らが感じたことを、想像することはできるかもしれない。


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データは多面的にみること。これを肝に銘じておかねばならない

データサイエンス

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データに基づく分析は、一見、客観的で公平に思えるが、そこから導かれる結論は、時に人を誤った方向に導く。データは正しく、分析者に悪意や偏見はなく、分析に間違いがないにもかかわらず、得られた結果を見た人が誤った評価や判断をしてしまう、ということがあるのだ。

その具体的な事例を、先日も紹介した「直感を裏切る数学」からとりあげてみる。


表1は、フロリダ州でおきた殺人事件についての死刑判決と死刑判決以外の判決、それぞれの数を、被告人の人種 ーーーーーコーカソイド(いわゆる「白人」)とアフリカ系----- 別にまとめたものだ。これを見ると、コーカソイドが被告人の場合は死刑判決が11.0%であるのに対して、アフリカ系の場合は7.9%、すなわち、アフリカ系が被告人の場合の方が死刑割合が低い。この分析結果から、フロリダ州では(少なくとも死刑判決において)アフリカ系への人種差別はなく、むしろ優遇されているのではないか?と考えるのは自然な推論だろう。

しかし、それは、正しい評価なのだろうか?


表1 死刑判決の割合と被告人の人種

被告人の人種 死刑判決 死刑判決以外 死刑判決の割合
コーカソイド(白人) 53 430 11.0%
アフリカ系 15 176 7.9%


ここで、表1のデータにもうひとつの属性 ---「被害者の人種」---を加えてみる。すると、同じデータから、まったく違った事実が見えてくる。


表2 死刑判決の割合と被告人、被害者の人種

被告人の人種 被害者の人種 死刑判決 死刑判決以外 死刑判決の割合
コーカソイド コーカソイド 53 414 11.3%
コーカソイド アフリカ系 0 16 0.0%
アフリカ系 コーカソイド 11 37 22.9%
アフリカ系 アフリカ系 4 139 2.8%


表2を見ると、被告人がアフリカ系で、被害者がコーカソイドの時の死刑判決割合が突出して高いことがわかる。一方、被告人がコーカソイドで被害者がアフリカ系の場合は、死刑判決はゼロだ。

つまり、「コーカソイドがアフリカ系を殺しても死刑にはならないが、逆に、アフリカ系がコーカソイドを殺せば、死刑になる確率が高い」。これは、表1から受けた印象とは、まったく逆のものだ。


表1と表2はまったく同じデータにもかかわらず、どの属性に注目して分析するかで、そこから得られる評価や判断は、大きく変わりうることを示唆する。表2に、さらに他の属性ーーー収入や職業、居住地域などーーーを加えれば、また違った見方が生まれるかもしれない。


分析を行う以上、最終的にはなんらかの比較的シンプルな結論を出すことが求められる。その要請の中で、上の事例のような「ミス・リーディング」をできるだけ避け、少しでも「真実」に近づくにはどうすればいいのか。それは、できるだけ多面的なデータをあつめ、できるだけ多面的に見るよう、心がけるしかないだろう。結論を急ぎすぎると、気づかぬうちにトラップにはまって抜け出せなくなってしまう。そのことを、肝に銘じておく必要がある。

最高のイノベーションマインドは「ばかげたことを面白いと感じ、真剣に考える能力」:'What If' by Randall Munroe

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とんでもない質問に、科学と数学(と漫画と体力?)を駆使して、超まじめに回答する本、'What If'。その著者で、ギークたちの圧倒的な支持を得る漫画家(であり、元研究者)が、ランドール・マンローだ。彼のTEDトークには、'What If'の雰囲気がそのまま漂っている。


トークでは次の2つの質問と、彼の回答が紹介される。

  • ピッチャーが、光速の90%で投げたボールを打ち返したらどうなる?
  • すべてのデータをパンチカードに記録したら、グーグルの倉庫はどれくらいの大きさになる?


どちらの質問もぶっ飛んでるが、回答はさらにぶっ飛んでる。よくいえば「現代版フェルミ推定」、サブカル風に言えば「米国版『柳田理科雄』」だろうか。(注:フェルミ推定柳田理科雄も知らなくても、たぶん問題ありません。知っている時点ですでにギークの仲間なので、こんなたとえも不要でしょうから(笑))


最初は「ばかげた質問に何をまじめに答えてるの!」と思うのだが、聞いているうちに「大胆な仮定と論理的な思考」に思わず拍手を送りたくなってしまう。



さて、上の質問の「回答」はマンローのTEDトークを見てもらうとして、マンローの発想はもちろん洒落ているのだけど、マンローの2番目の回答へのグーグル(のエンジニア?)のレスポンスも洒落ている(どんなレスポンスなのかもまた、TEDトークをみてください)。

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マンローとグーグル(のエンジニア?)に共通するのは、「一見ばかげたことを、面白いと感じ、真剣に考える能力」だ。それは、ハイ・クオリティな「ウィット」といえるかもしれない。


実は、クリエイティブネスやイノベーション・マインドの源泉は、この手の「ウィット」にあるんじゃないだろうか。知識や経験、ビジネスマインドといったものも大切なんだろうけど、「誰もやっていないことをやる」ことが求められる未来の仕事は、それだけじゃ不十分だ。

アントレプレナーに求められるのは「斬新なアイデアを、さまざまな手を使って実現する」こと。それは、まさに'What If'と同じ姿勢であり、そのスターティング・ポイントは、マンローやグーグル(のエンジニア?)がもっているような「ウィット」だと思うのだ。


ばかげた質問を考えて、真剣に解答を探してみること。常に'What If'と問うてみること。これって、最高のイノベーション・マインドなんじゃないかな。


www.ted.com

警察に殺された人々のデータベース The Counted by the Guardian

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ショッキングな可視化だ。

英紙ガーディアンが公開した"The Counted: People killed by the Police in the US"は、今年、米国で警察によって殺された人のデータベース。


サイトでは、人種や州別の人数といった総括的なデータが可視化されている。たとえば人種別の数をみると、殺害されたアフリカ系アメリカ人の数は白人の半分程度だが、米国の白人の割合は約70%、アフリカ系は約12%であることを考えると、やはり殺害されたアフリカ系アメリカ人の数は多いことがわかる。また、人口あたりの「殺された」人数では、オクラホマ州が飛び抜けている、米国全体では毎月90人前後、すなわち毎日平均約3人が、警察によって命を奪われている、といったようなことが読み取れる。


全体的なデータだけでなく、「殺された」人に関する詳しい情報ーーーーー名前や年齢、武器携帯の有無、管轄警察、報告された罪状、殺された時の状況などーーーーーも知ることができる。サイトに並んだ顔写真の中にはスナップショットや微笑んだ顔もある。


'The Counted'に使われたデータは、警察やその他の公的機関が公開したものではなく、ガーディアンがクラウドソースなどから独自に入手・整理したものだ。そして、このデータは公開されていて、誰でもダウンロードできる。


危険を未然に防ぐ手段として武器を使うこと、そしてその結果、相手の命を奪うことは、違法ではないかもしれない。しかし、より強力な組織と武器を持つ警察が、現場で本当に武器を使わざるを得なかったのか、という疑問は、米国内でしだいに強くなっているようだ。

市民から発信されたオープンデータが、市民が公権力について考え、何かを変えるきっかけになるかもしれない。

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