福岡伸一氏の「生物と無生物の間」に、生物の本質は動的平衡にある、と書かれている。この「目から鱗」的なメッセージは、生物学の仮説と言うよりも、哲学に近い普遍性を持っているように思う。
まわりを見渡すと、生物に限らず、世の中のあらゆるものが動的平衡にあることに気がつく。そのことは、太古から多くの人が感じてきたことだ。(ヘラクレイトスの「万物は流転する」、鴨長明の「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。。。」など。)
動的平衡は、目に見える物体だけでなく、社会活動にも当てはまる。例えば、最近思うのは、会社の本質も動的平衡にあるのではないか、と言うことだ。
僕たちは漠然と、「会社」と言う組織がまず存在し、場所を作り、そこで人々が働いている、と思っている。しかし、これは間違っている。最初に会社があるのではない。人々がある目的に沿って活動することによって、その活動が会社として見えているに過ぎないのだ。つまり、会社の本質は活動であり、会社とは、人々の活動と言う「流れ」の今この瞬間の淀みにすぎず、動的平衡なものだ。
そうであるならば、会社を維持しようとして働く、と言うのは本末転倒であると言える。新しい人や知識や道具を受け入れ古い物を捨てていくことや、新しいものごとに挑戦することが本質なのであって、それらを怠れば、動的平衡は崩れ、会社は消えさってしまうだろう。
変化を恐れる必要はない。むしろ、変化しないことを恐れるべきなのだ。