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長生きと健康のトレードオフ:Global Burden of Disease Study

http://www.washingtonpost.com/wp-srv/special/health/healthy-life-expectancy/

保健指標評価研究所(Institute for Health Metrics and Evaluation)による「疾病による負担の国際調査("Global Burden of Disease Study")」は、50カ国、302の機関の486名の研究者が5年をかけて、世界の健康と死亡について、かつてない大規模な調査を行ったものだ。AIDSや血液がんなどの235の死亡要因と、幼児期の性的虐待など、病気を誘発する67の「リスク要因」にもとづいて、この20年間で世界各国の健康状態がどのように変わったかが詳細に調べられている。

この調査の目的は、政府や国際機関・研究者に、将来どのような方向に進めばよいかを示すことだが、私たち一般人にとっても有益な知見を与えてくれる。例えば、調査結果をまとめたこのインタラクティブ・グラフから、世界各国の「余命と健康の状況」を知ることができる。


1990年から2010年の20年間でおきた大きな変化は、医療技術や医療環境の改善によって、乳幼児期〜未青年期での死亡が大幅に減少し、世界の平均年齢が増加したことだ。2015年には世界全体で、5歳以下よりも65歳以上が多くなる見込みだという。(日本だけを見れば、もっと深刻であることは言うまでもない。)

子どもの死亡が減少した一方で、高齢になってから病気で死亡する人は増えている。例えば、アルツハイマー病による死亡は1990年から2010年の20年間で3倍に、パーキンソン病による死亡は2倍に増加している。


つまり、「死ぬことはないが、健康でもない」という状態が世界的に拡大しているのだ。この調査を行ったクリストファー・マレイは言う。「直接死亡に結びつく病気ではない、精神障害、薬物乱用、筋骨格系疼痛、視覚障害聴覚障害などの患者が増加しているのです。」

増加した平均余命の1年のうち、健康でいられるのは9.5ヶ月という計算になる。残りの2.5ヶ月は、痛みや精神障害を持ったり、治療を受けた状態の「健康ではないが、生きてはいる」期間なのだ。これは全年齢の平均であって、高齢者は、もっと悪い条件になる。50歳の人の場合、余命1年のうち健康でいられるのは7ヶ月しかないという。

世界の課題は、未成年期の死亡から、成人後の障害へと移ろうとしているのだ。「寿命を伸ばす医療に比べて、病気や障害を減らす医療の進歩は遅れている」と、プロジェクトリーダーの一人、ジョシュア・サロモンは言う。この状態は、今後の医療保障にも大きな影響を与えることは明らかだ。


特定の地域の問題としては、自殺がある。自殺は、世界全体では死亡原因の第27位だが、メキシコ、コロンビアなどの中米では死因の第一位、ブラジルやパラグアイなどの南米では第二位になっている。(この地域の20〜24歳の男性の多くは、暴力によって命を落としている。)自殺は、ブルネイ、日本、シンガポールなど「高収入の」アジア地域で第五位、ロシアを含む東ヨーロッパでは第六位の死因になっている。

また、世界的に肺がんによる死亡は増加しているが、同じく喫煙が引き起こす気腫や慢性気管支炎は減少していることがわかった。この奇妙な現象は、中国やインドで調理器による室内の空気汚染が減ったことが影響している、と言う。(僕としては、地域的な大気汚染の影響も疑いたいが。)

あるいは、日常的な果物の不足が、肥満や運動不足以上に病気との関連が強いことも、この調査によってわかってきたそうだ。

今回の調査は、総予算2000万ドルのうち1200万ドルを、Bill and Melinda Gates Foundationが提供している。調査結果をまとめた報告書は、こちらで見ることができる。

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【追記】
2010年ののグラフで興味深いのは、右下(余命は短いが健康)から左上(余命は長いが健康ではない)にかけて分布のラインが見えてくることだ。ここに分布する国々は「長生きできるが不健康」と「健康だが早く死ぬ」のトレードオフのように見える。これは社会構造や文化と関連した国民の選択なのか、環境などの外因なのか、より詳しい調査を期待する。

また、「世界的に寿命は長くなっているが、不健康になっている、という報告」もある。

日本は、

男性は、寿命79.3歳のうち、健康に生きられるのは68.8歳。
女性は、寿命85.9歳のうち、健康に生きられるのは71.7歳

と、このグラフで右上に位置する、もっとも優良な国のひとつとだ。それでも、人生のうち、11年〜14年は「健康ではない」生活を送らねばならないようだ。

報告書はこちらのリンクへ。

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