最近、「オープン・サイエンス」と言う言葉を耳にする。一部の科学者・技術者だけのものになってしまった科学技術を、再び市民に開放しようという活動だ。その背後には、インターネットの発展によって市民レベルでの情報共有が容易になったことがある。しかし、「オープン・サイエンス」は、インターネットのようなテクノロジーの力だけで進んでいるのではない。「科学技術の民主化」が、研究者と市民、双方にとってメリットがあると考えられ始めているのだ。
そういう視点で見てみると、私たちの社会から遠いとおもわれる基礎科学の方が、かえって「民主化」が進んでいるかもしれない。一般社会への直接のメリットが見えない基礎研究が研究予算を獲得するためには、国民の理解を得るアウトリーチが不可欠であることを研究者は身にしみて知っているし、その努力を続けてきたためだろう。その代表例が天文学や宇宙科学である。
例えば、世界最高峰の宇宙科学の拠点であるNASAのウェブサイトで公開されているデータは、基本的にパブリック・ドメイン、つまり、誰でも自由に使って良いものだ。しかも、おざなりの公開ではなく、NASA関連サイトにある大多数のデータは一般ユーザでも利用しやすい形で整理されている(注:もちろん非公開のデータ・機密もある。制約の詳細は例えばここやここ見てほしい。)
NASAの民主化の姿勢は近年、さらに進んでいる。「データを使っても良い」という消極的な公開ではなく、「公開したデータをどんどん使って、みなさんもぜひ宇宙開発に参加してください」という、市民参加型の研究プロジェクトを次々と立ち上げているのだ。
その事例は、data.NASAや、spacehackと言ったサイトで見ることができる。現在進行中のプロジェクトには、次のようなものがある。
- 宇宙飛行士の被ばくを防ぐ方法を高校生に考えてもらおうという"Exploration Design Challenge"
- 小型衛星CubeSatでの実験を募集する"Citizens in Space"
- 60〜70年代の有人宇宙飛行の交信記録や写真を整理し、ログにまとめる”Spacelog"
- ケプラー衛星による恒星の光度変化観測データを分析して、太陽系外惑星を発見しようという"Planet Hunters"
- 電波望遠鏡のデータを分析し、地球外知的生命(ETI)の痕跡を見つける"SETI Live"(一定数の観測者がETIからの電波らしきものを認めた場合、電波望遠鏡を動かしてより詳しい観測を行うこともできるため、"Live"とついている。)
- 2日間のハッカソン形式のイベントを世界各地で同時に開催し、宇宙探査を支援するアプリを開発する、"International Space Apps Challenge"(昨年は東京でも開催、今年も来る4月20-21日に科学未来館で開催される)
このような科学技術の民主化は、NASAだけの特殊な取り組みではない。科学技術のあらゆる分野が、多かれ少なかれオープンサイエンスの姿勢を強めようとしている。(例えば、我が国の科学技術振興機構は、科学技術論文へのオープンアクセスの方針を打ち出した)これは研究予算への国民の理解を得るためだけではなく、国内外の優秀な、しかし「埋もれた」人達の能力を、科学技術研究に最大限に活用しようという野心的な試みなのだ。より大きな視点から見れば、「科学技術の民主化」は、オープンとシェアの思想を基にして人々の労働が大きく変わろうとしている現代の、小さな前波のひとつかもしれない。