先日、このブログに掲載した「女性専用の体内埋め込み型チップ」には、多くのコメントをもらった。その中には「恐ろしい」「やりすぎだ」などという声も少なくなかったが、実は僕も、同じような第一印象をもった。しかし、調べるうちにこの技術は医療に幅広く応用できるものだと感じたし、また、開発の目的もけっして女性や人間を支配するものではなく、むしろ女性の人権を守ることにあるとわかったので、そのことをすこし補足しておきたい。
この埋込み型マイクロチップの核となる技術は1990年代にMITで開発されたものだが、microCHIPSというボストン郊外のスタートアップ企業にライセンスが供与され、製品開発も同社が行っている。先日記事に挿入したマイクロチップの写真は、2012年にmicroCHIPSが、骨粗しょう症用のインプラント型デバイスの計画を発表した時のもので、今回の避妊用ホルモン投与に使う製品そのものではないようだ。
チップは、臀部、上腕、腹部などに埋め込んで使用される。レベノルゲストレル(避妊を抑制するホルモン)はチタン・白金製の薄膜によってチップの上に密封されていて、内部バッテリーからこの薄膜に電流を流すと膜が溶けて、ホルモンが流れだすというしくみだ。チタン白金電極のようなものだろうか。1日1回投与されるレベノルゲストレルは30マイクログラム(1マイクログラムは百万分の1グラム)で、先日書いたとおり、体内で16年間にわたって作動し、ホルモン投与の中止・再開は、無線によってボタンひとつで行える。このようなメカニズムが、microCHIPS社のコア技術のようだ。
このマイクロチップによって骨粗しょう症用の医薬品を人体に投与する試験が、過去に4ヶ月間行われている。今回の避妊ホルモン用チップは動物試験のフェーズにあり、順調に進めば来年には人体での前臨床試験が始まり、デバイスの故障率の把握や、長期間人体内に入れることの安全性などついて確認される予定だ。
この新しい避妊用デバイス開発が始まったのは、2年前、MITのロバート・ランガーの研究室をビル・ゲイツが訪問したことがきっかけだという。ゲイツは「女性が自由に操作できるバース・コントロール機器ができないか」とランガーにもちかけた。
世界にはまだ女性の人権が確立されていない地域があり、そこでは「望まない妊娠」を受けいれざるをえない女性たちが多数いる。そのような女性たちに「バース・コントロール」の権利を与えたい、というのがビル・ゲイツの思いなのだ。そのための世界的な共同作業も始まろうとしており、この新しいデバイスは重要なツールになると期待されている。また、どの国・地域の女性にとっても、避妊のために何度も通院したり、つらい処置を受けたりしなくてすむのは大きなメリットだ。
ランガーは、以前発明し、microCHIPS社にライセンスを供与したマイクロチップが使えないかと考えた。
テクノロジーは人間の生活や社会を良くするために開発されるものだ。しかし、本来の目的である人の尊厳を高める側面だけでなく、人の尊厳を侵す側面も表裏一体になっているものだ。どちらの側を見るかでそのテクノロジーに対する評価は分かれ、社会全体として「やるべきか・やめるべきか」という選択は難しい問題になっている。
僕は、大切なのはどちらを見るかを急いで決めることではなく、まず良い面・悪い面を含めて両方を見ること・知ることだと思う。みなが正しい地図を共有していなければ、間違った方向へ進んでいても気がつかないし、たとえ気づいたとしても戻ることはできないからだ。
【参考記事】
Remote-Controlled Contraceptive | MIT Technology Review
A Remote-Controlled Birth Control Implant | Popular Science